浜益~初山別  8月13日

 前日へ  翌日(初山別~稚内)へ   自転車の旅Index  TOP


   雄冬

 白々と明けた浜益のキャンプ場。気温は19.5度。天気は曇り。洗濯物はまだ微かに湿っているが、まぁ、仕方がない。6時に出発。
 今日も海辺の国道をひたすら北へ向かう。山あいに入ったり海辺に出たり上ったり下ったりして、紅白の灯台がある(ぽろ)の集落を過ぎると、やがてトンネルとシェルターの連続になった。なかでも最長のガマタトンネル2,060メートルもあり、長いトンネルの中で後続車の轟音が背後に迫ってくると、巨大な怪獣に追われているようで恐ろしかった。

 浜益から18キロ走って、7時ちょうどに雄冬岬に到着。10分休憩。
 暑寒別岳の山塊がそのまま日本海に没する急峻な地形で、断崖に滝がかかっている。「白銀の滝」というそうだ。崖の上では南方系のセミであるミンミンゼミが鳴いている。緯度でいえば、ミンミンゼミ発生地の北限とされる屈斜路湖の和琴半島よりもここは北に位置しているはずだが。

(雄冬岬・白銀の滝)

 浜益村から増毛(ましけ)町に入り、すぐに雄冬の集落を通過。かつては道路が通じておらず、増毛からの船便だけが頼りという文字通りの陸の孤島だった。この国道が全面開通したのは昭和561981)年のことだという。


(トンネルと覆道が続く険しい海岸ルート)


   増毛

 シェルターやトンネルの続く険しい海岸線に沿ってひたすら走り、だんだん上り勾配になって山の中に入り、
別苅(おおべっかり)トンネル1,992m)を抜けると、長い下りが始まる。調子に乗って事故を起こさないよう心にブレーキをかけながらも、ぐんぐん加速して勢いよく下っていくと、まもなく平地に出て、やがて増毛の市街地に入った。髪の毛に不安のある人にとってはご利益のありそうな地名である。江戸時代から開けた港町で、かつてはニシン漁で栄え、いまも由緒ある歴史的建築物が多い。日本最北の造り酒屋もある。

 ここにはJR留萌本線が通じている。その増毛駅を探し当て、しばらく休憩。ここまで
42キロ。時刻は850分。

 

 増毛は終着駅といっても、単線の線路にホームを添えただけの小さな駅で、駅員もいない。しかし、ホームに並んだプランターには夏の花が植えられ、線路際の草地にはタンポポモドキが賑やかに咲いている。駅の裏の小高い丘には紅白の灯台があり、なかなかいい感じだ。駅前には古くて風格のある木造3階建ての旅館があり、「富田屋」の文字が右から書いてあった。
 2年前に留萌駅で見た観光用のSL列車が今年も運転されていて、しかも、増毛まで乗り入れていることを、駅のポスターで知ったが、まだ当分来ないので、910分に出発。

   SLすずらん号

 すっかり穏やかになった海岸線に沿って、留萌に向かって走る。国道より一段高いところを鉄道が並行しているので、箸別、舎熊といった駅に寄り道する。

 
(箸別駅と舎熊駅)


 舎熊の集落を過ぎたあたりだったか、海岸から飛び立ったアオバトの群れが目の前を横切って山の方へ飛び去った。あの緑色の野生鳩には海水を飲む不思議な習性があるそうだ。

 朝方は曇っていたが、青空が戻って、影が濃くなってきた。気温はせいぜい25度程度なのに、陽射しが強いせいで、非常に暑く感じる。日陰に入れば涼しいが、その日陰がほとんどない。
 留萌市に入って、浜辺のベンチで休憩。連日ハードなサイクリングをしているせいか、早くもバテ気味である。
 1040分頃、留萌市街手前で、留萌本線をオーバークロス。あと10分ほどするとSLが来るはずだ。おじさんが一人カメラをセットして待ち構えている。せっかくのチャンスだから僕もここでSL見物。
 蒸気機関車が好きで好きでたまらない、といった様子のおじさんの熱弁を聞くうちに1050分を過ぎ、まもなく黒煙をはきながら11171を先頭に「SLすずらん号」がやってきた。



     日本海オロロンライン

 2年ぶりに訪れた留萌の街で大休止。昼食後、再び日本海に沿って北上開始。ここからは2回目の道。今日は初山別まで行きたい。まだ75キロぐらいあるが、初山別の天文台に隣接したキャンプ場に泊まってみたい。
 ところで、日焼けで腕時計の跡がくっきり残るのが嫌で、今朝から時計を自転車のフロントバッグに入れていたのだが、もうどこかで落としてしまったらしく、見当たらない。まぁ、いいか。安物だし、サイクルコンピュータにも時計機能がついている。

さて、しばらくは起伏も少ない海辺の道。留萌から小平(おびら)にかけては海水浴場が続き、賑わっていたが、小平の集落を過ぎ、小平トンネルをくぐると、ほとんど無人の海岸が続くようになる。
 海に落ち込む丘陵の裾を縫うような国道232号線は通称が「天売国道」。天売とは羽幌町の沖合いに浮かぶ島の名前で、ウミガラスの繁殖地として知られている。ウミガラスはその鳴き声からオロロン鳥の別名があり、それにちなんで、この日本海岸ルートは「オロロンライン」とも呼ばれている。札幌と稚内を結ぶメインルートで、長距離路線バスも走っている。


 このあたり、かつては国鉄羽幌線(留萌~幌延)が通じていたが、昭和62年3月末で廃線となり、その跡もすでに消えつつある。知らなければ、気づかないほどだが、時折、右手の丘陵に線路を失ったトンネルが虚ろに口を開けていたりする。

 留萌から25キロほどの地点に小平町の道の駅「おびら鰊番屋」。ここにはかつて北海道のニシン漁が盛況だった頃の網元・花田家の番屋が保存されている。明治37年頃の建築で、国の重要文化財にも指定されているそうだ。
 ここで自転車ツーリングの女の子を発見。彼女が北へ向かって走り出すのを見て、僕もそのあとを追走する。こう書くとストーカーみたいだが、女性はそれほど飛ばさないので、その後方で一定の間隔を維持しながら走ると、体力的にも気分的にも非常に楽なのだ。勿論、程よい速度で走ってくれれば男でもいいわけだが。

 時速20キロほどのペースを保つ彼女の後ろ姿を50100メートル先に見ながら、こちらも坦々とペダルを踏む。彼女が乗っているのはクロスバイクで、テントなどは積んでいないから、宿に泊まりながらのツーリングなのだろう。

 海を見下ろす丘の上に風力発電用の風車がずらりと出現すると苫前町で、(りきびる)を過ぎると海辺を離れ、だんだん坂が多くなる。途端に前方の彼女との距離が詰まり、急な上り坂でついに彼女が自転車を押し始めたので、やむなく「こんにちは」と声をかけて追い抜いた。自転車で一人旅というのが不思議に思える大人しそうな感じの子だった。

 苫前の中心集落でセイコーマートを見つけて、アイスを買って一休み。その間にまた彼女に抜かれたが、もうどうでもいい。それよりブレーキのゴムが磨り減って、効きが悪くなったので、近くの海岸で工具袋を取り出して調整する。ここにも海水浴場やキャンプ場があって、それなりに賑わっていた。

 苫前から先も相変わらずアップダウンが多く、時折、海を見ながら丘陵地帯を行く。
 1610分頃、羽幌町の中心市街にさしかかる。日本海に浮かぶ焼尻・天売両島へのフェリーが出る港町で、かつては石炭採掘で賑わった町でもある。人口は1万人足らずだが、留萌・稚内間に点在する町村の中では最も大きく、街路は碁盤の目状に整備されている。
 海岸通から少し奥まった位置にある旧羽幌駅跡は今はバスターミナルになり、鉄道時代の名残といえば、わずかに腕木式信号機などが保存されているばかりだ。
 鉄道駅に代わって国道沿いに道の駅が設置されているが、今日は通過。
「初山別21kmの標識が目に入る。すでに浜益からの走行距離は114キロを突破したが、もうひと踏ん張りだ。
 市街地を抜ければ、人家もまばらな丘陵地帯や原野ばかり。風景になんだか愛想がない感じで、ただひたすらアスファルトの路面だけを見つめ、急な坂を上ったり下ったりしながら、西陽を浴びて突っ走る。沿道の草むらでキリギリスがさかんに鳴いている。
 1640分頃、羽幌町から初山別村に入り、中心集落には1720分に着いた。
 初山別郵便局の前に「聚山別駅逓所跡地」の碑が立っている。駅逓は北海道開拓時代の道路交通の中継地点で、いわば道の駅の元祖とも言うべき存在。宿泊施設を備え、馬を飼育し、郵便業務も担っていた。その跡地が今は郵便局になっているというのは自然な流れではあるのだろう。
 その裏手にある羽幌線の初山別駅跡地も訪ねて、ここからキャンプ場のある金毘羅岬まで最後の上り。この区間、海に迫る丘陵の斜面にへばりつくような羽幌線のコンクリート橋が2年前(1999年)にはまだ健在だったが、すでにほとんど撤去されていた(写真は今も残る廃線跡)。

(かつて羽幌線の撮影名所だった地点)

 すっかり疲れ果てて、1740分、みさき台公園キャンプ場に到着。浜益から140キロ。よく走った。
 すでにたくさんのテントが並ぶキャンプサイトの一角、海を見下ろす位置に空地を見つけて、テントを設営(下写真は翌朝撮影)。


(この辺からカメラのレンズに何か付着していたようで、この先の写真に黒っぽいものが写っています)

 敷地内には昭和44年初点灯の金毘羅岬灯台がある。「赤白横線塗、塔形、コンクリート造」で、灯質は「単閃赤光、毎4秒に1閃光」。地上から頂部までの高さは12.1メートル、水面から灯火までは55.6メートル。灯台の名称は海の安全を祈願して岬に金毘羅神社を祭ったことに由来するという。

(天文台と灯台のあるキャンプ場)

    しょさんべつ天文台

 さて、公園のすぐ下にある岬センターで入浴後、同じ敷地内のレストランで夕食をとるうちに、太陽が沈んで、宵闇が訪れた。
 夜の楽しみはキャンプ場に隣接したしょさんべつ天文台65センチ望遠鏡を備えた日本最北の天文台で、一般公開されているのだ。今夜は快晴、満天の星で、天の川が肉眼でもよく見える。
 親子連れなどに混じって、解説員の説明を聞きながら、順番に望遠鏡をのぞかせてもらう。
 初めに観たのは「はくちょう座」の頭部に位置するアルビレオ。3等星と5等星の二重星で、3等星の方は地球から300光年の彼方にあるそうだ。光の速度で300年かかる距離といっても、ピンと来ないが、1光年が大体10兆キロだそうで、300光年とはつまり3,000兆キロということになる。うーん、頭がくらくらする。しかし、300光年というのは広大な宇宙においてはごく近所みたいなものなのだそうだ。ますます頭がくらくらする。
 次に観たのは夏の大三角形の一角、「わし座」の1等星アルタイル。いわゆる牽牛星、彦星である。こちらは地球から17光年の距離。
「意外に近いんですね」
 そんな言葉が思わず口をついて出てしまった。勿論、実際にはあまりに遠くて、天体望遠鏡でも青白い光のかたまりにしか見えないのだが、アルタイルは太陽の1.7倍の大きさがあり、6時間で1回転という猛烈な自転速度のため、饅頭のように扁平な形をしているという。
 ちなみに織女星、「こと座」の1等星ベガは地球から25光年、アルタイルからも16光年の距離にあるそうだ。七夕の夜に織姫と彦星が年に一度の逢瀬を楽しむには両者の隔たりは絶望的なまでに大きいのである。
 その「こと座」にあるドーナツ状星雲M57も望遠鏡で見せてもらった。こちらは地球から2,000光年以上の彼方にあるそうだが、光のリングがぼんやりと見えた。
 その後も小型の天体望遠鏡で火星を観察したり、星空を横切る人工衛星が肉眼で見えたりしたが、宇宙が身近になったというより、あまりの遠さに気が変になりそうだった。
 本日の走行距離は141.6キロ。光の速度だったら…。
 明日は稚内をめざす。



   前日へ  翌日(初山別~稚内)へ   自転車の旅Index  TOP

inserted by FC2 system