阿寒湖周辺散歩                     8月16日


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    白湯山に登る 

 阿寒湖畔のキャンプ場で迎える朝。4時半起床。
 今日はここに連泊するつもりで、まずは昨日、アイヌコタンの喫茶店「宇宙人」で教えてもらった白湯山に登ってみようと思う。店の彼女によれば「サンダルでも登れる」ぐらいの気軽なハイキングコースであるらしい。
 リュックサックに朝食のパンやバナナ、飲み物などを詰めて、徒歩で出発し、白湯山登山口のある温泉街の南側のスキー場へ向かう。まだ5時を過ぎたばかりで、誰にも会わない。
 夏草に覆われたゲレンデを登り始めたのが5時25分。シカの糞があちこちに散らばっている。草が茂った夏のスキー場はシカたちにとって絶好の餌場なのだろう。

 登るにつれて眼下に阿寒湖が広がってくるが、朝靄に覆われて湖面はほとんど見えない。
 涼しかったので、ジーンズに綿の長袖シャツという服装で急斜面を登っていたら、早くも汗ばんできた。上はTシャツ1枚になる。
 ゲレンデの中腹に白湯自然探勝路の入口があり、そこから原生林の中の山道になった。案内板によれば、展望台まで1.3キロ、標高差180メートル、所要時間は50分だそうだ。

 センダイムシクイが「チョチョビー、チョチョビー」とあちこちでさえずる早朝の登山道を一歩一歩踏みしめて登っていくと、突然、大きな音を立ててシカが森の奥へ逃げていった。人間の出現にシカも驚いたろうが、こちらもドキリとさせられた。今、この山中を歩いている人間はたぶん僕しかいないし、こんな場所でヒグマに遭ったらどうしよう、という不安が常にあるから、動物の気配には敏感にならざるを得ないのだ。

 やがて、小さな流れが寄り添ってくる。流れているのは温泉で、47度あるそうだ。
 さらに登ると、林に囲まれた窪地にボッケがある。ボッケはアイヌ語で煮え立つという意味で、そこから熱泉が湧いている。熱水の温度は94度ほどだそうだ。阿寒湖畔にもボッケはいくつかあるが、この登山道沿いにもボッケや地熱地帯が多い。激しい火山活動によって阿寒の大景観を生み出したマグマが今もこの地下で生き続けている証拠である。



 息を弾ませて登り続け、6時09分に白湯山展望台に着いた。白湯山の本当の山頂(950m)はもう少し先らしいが、ここで満足する(展望台の標高は788メートルとのこと)。
 この一帯も地熱が高く、樹木は生えていないので、見晴らしがよい。簡素な木造の展望台に立つと、南方に重畳と連なる山々の彼方に雌阿寒岳が赤茶けた山頂をくっきりと現わし、白い噴煙を東の方角へ棚引かせている。そして、登ってきた道を振り向けば、眼下にはまだ靄のかかった阿寒湖が一望でき、その彼方には雄阿寒岳が朝日に霞んでいる。巨大な旅館やホテルが林立する湖畔の温泉街もここから見下ろすと意外にせせこましい。僕ひとりだけが人間界からずいぶん遠くへ来てしまった、そんな風にも感じられる。

 

 ほかに誰もいない山の上で素晴らしい眺めをまさに独り占めして、清々しい空気を思い切り吸い込んで、最高の気分で朝食。あたりではコオロギが賑やかだ。湖上の靄もどんどん晴れてきて、青い鏡のような水面がだんだん見えてきた。ここまで登ってきた甲斐があったというものだ。この場所を教えてくれた「宇宙人」の彼女に感謝したい。

 6時55分に下山を開始して、7時48分にスキー場に到着。結局、ここまで誰にも会わなかった。

(スキー場のゲレンデから眺める阿寒湖)

     ボッケ遊歩道  

 白湯山から8時10分にキャンプ場に戻り、10分後に今度は自転車で出かけ、阿寒湖畔のボッケ遊歩道を散策。ここは温泉街に近いわりに色々な生き物がいて、今朝はエゾリス2匹に出会う。ほかにゴジュウカラ、コゲラなど。熱泉の湧く湖岸にはエゾミソハギが濃いピンクの花を咲かせていた。


     オンネトー

 キャンプ場のコインランドリーで洗濯をしてから、テントはそのままにして、11時半に再び出発。昨夜訪れたオンネトーにまた行ってみよう。
 国道を5キロ走ると分岐点で、ここを左折。足寄・帯広方面へ2キロも上ると標高645メートルの足寄峠で、ここから足寄町に入る。クルマだとあっという間だったが、さすがに走り応えがある。
 峠からさらに5、6キロのアップダウンがあって、再び左折。ここから雌阿寒岳を正面に見ながら、雌阿寒温泉まで3キロ余りの上りが続く。両側は鬱蒼とした原生林だが、路上には日陰が少なく、夏の陽射しが照りつけて、暑い。去年もここでバテたが、今年もバテた。



 何度も休みながら坂を上りつめ、昨夜入浴した雌阿寒温泉(標高700m)の前を過ぎると、今度は一転してアカエゾマツ林の中を急カーブの連続で下り、ようやくオンネトーに到着。時刻は12時半を過ぎたところ。

 秘境の湖とはいえ、さすがに昼間は観光客が多い。しかし、観光地特有の猥雑さはなく、我々俗人をも厳粛な気持ちにさせる静謐な美しさを湛えている。
 見る位置や時刻、光の加減によって刻々と色が変わる独特のオンネトーブルーは時に毒々しいほどの妖しさ。この湖水は酸性度が高くて、魚は棲めないという。水面にはオシドリの姿が見える。冬場は派手なオスも今は地味な装いだ。
 そして、このオンネトーの風景を引き立てているのは、対岸の原生林の上に並んでそびえる雌阿寒岳と阿寒富士。雌阿寒岳は今朝も白湯山の展望台から噴煙を上げる姿がよく見えたが、現在、周辺の地熱が上昇するなど火山活動が活発化しているそうだ。今は山頂付近に雲があって、雲と噴煙の区別がつかない。

 

 腹が減ったので、オンネトー周辺で唯一の民家・オンネトー茶屋でチャーハンを食べ、食後にトウキビ味のアイスクリームも買う。
 それから原生林の中の1.4キロの散策路を通って、温泉の流れる湯の滝を見にいく。この散策路の入口には雌阿寒岳の活動活発化に伴い「立ち入り自粛」の標示があったが、観光客はみんな無視している。「自粛」は「禁止」ではないということか。同じく「立ち入り自粛」のはずのキャンプ場にも昨夜は明かりが見えた。まぁ、ただちに噴火の危険が迫っているわけでもないようなので、僕も滝まで往復してきた。去年はここでシマリスを見かけたが、今日はそういう出会いはなかった。

 散策路を戻ってきたところで、昨日のガイドさんに会った。今日はマウンテンバイクに乗っていて、お客さん2名を連れている。マウンテンバイクによる「オンネトー・湯の滝ツアー」らしい。ネイチャーセンターのパンフレットによれば、雌阿寒温泉まで車で移動して、そこから自転車で散策ということのようだ。

     白藤の滝

 14時20分にオンネトーを出発して帰途につく。雌阿寒温泉への坂道の途中で子ギツネ2匹が林に逃げ込むのを目撃。温泉前を過ぎると、国道まで最高時速59キロで下る。何もしなくても、こんなにスピードが出るのだから、上ってくるのがきついわけだ。
 国道に出ると足寄峠までまた上り。その途中で「白藤の滝」の案内板が目に留まったので寄ってみる。左折して林道を600メートル進むと、めざす滝があった。赤茶色の角張った岩がゴロゴロしていて、名前の優雅さに反して、豪快というか粗野な印象の滝である。どこからかコマドリの声が滝の水音を突き抜けるように聞こえてきた。



     阿寒湖の夜

 途中、阿寒湖畔に近い林道の入口で「注意熊出没中」の看板にドキッとさせられ、2ヶ所でエゾシカを見かけて、15時50分にキャンプ場に戻る。
 それから温泉街の中の共同浴場「まりも湯」で汗を流し、帰りに昨日ビデオを見せてもらった喫茶店「モシリ」の前を通りかかると、知った顔があった。
「こっちに来てたんですか」
 おととい屈斜路湖畔「丸木舟」でアイヌ詞曲舞踊団「モシリ」のCDを購入した時、応対してくれた彼女である。40人以上のお客を集めたあの晩のライヴは今季最高の入りだったとのこと。でも、トータルでは昨年よりお客が少なくて、大赤字だと言っていた。彼女たちの実際の生活を支えているのはあくまでも「丸木舟」などでの商売であって、モシリの活動はお金のためというより、アイヌとしての精神生活の拠りどころとでも言うべきものなのだろう。彼女もこれからまたライヴがあるので、屈斜路湖まで出かけるそうだ。頑張ってください。

 さて、その晩は郷土料理店「奈辺久」(きのう丸木舟で教えてもらった)で、阿寒湖産のわかさぎ天ぷら定食(1,050円)を食べる。旅先で美味しいものを食べるということについて、あまり執着心はなく、実際、キャンプではコンビニ弁当で済ますことも多いのだが、美味いものに出あえば、もちろん嬉しい。

 夜8時からはオンネチセで「アイヌ古式舞踊」を今年も観た。モシリのライヴの方が断然面白いが、彼らの歌や踊りがアイヌの伝統に基づいたものであることがよく解って、それなりに興味深かった。



 阿寒湖畔のアイヌコタンでもうひとつ。
 「チカップセッ」というお店のこと。アイヌ語で鳥の巣を意味する名前の通り、小さな店内は壁一面に色とりどりの小鳥たちでいっぱい。妙に楽しい気分になる。小鳥は発泡スチロールと木の皮やサルノコシカケなどでできていて、手作りだから、それぞれに個性がある。好きな小鳥とリースなどを組み合わせて自分だけのオリジナルリースも作れるし、鳥は1羽100円から200円程度で買えるからお土産にも最適だと思う。お店に一歩入ると誰でも笑顔になってしまうような夢のあるお店で、つい小鳥を7羽も買ってしまった。



   「チカップセッ」のホームページはこちら

 本日の走行距離は53.1キロ。明日はいよいよこの旅のゴール、釧路市をめざす。夜が更けて小雨がポツポツと落ちてきた。


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