阿寒湖~オンネトー~足寄  1998年8月18日

 阿寒湖をあとに十勝地方をめざします。秘境オンネトーに立ち寄ったあと、国道241号線経由でこの日は足寄まで走りました。走行距離は89.6キロ。

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     阿寒湖畔ボッケ遊歩道

 阿寒湖の朝。テントはそのままにして6時過ぎに出かけ、湖畔の散策路をもう一度歩いてみる。温泉の宿泊客が朝食前の散歩に出ていて、早朝のわりに人が多い。

(阿寒湖畔キャンプ場)

 今朝もまたエゾリスを1匹見つけ、しばし双眼鏡で観察。昨日、ビジターセンターで入手した『フィールドガイド・阿寒国立公園を歩く』(片岡秀郎編著、コモンサイエンスインスティテュート、1996年)という案内書には、
「この一帯にはエゾリスとエゾシマリスが住んでいます。エゾシマリスは、最近、キタキツネが多くなったせいかほとんど見られなくなりましたが、エゾリスは歩道沿いでよく見かけます」
 と書いてある。こういう書物を片手に自然の中を散策するのは本当に楽しい。

(阿寒湖と雄阿寒岳)

 エゾトリカブトの紫色の花がたくさん咲く林の中をのんびり歩きながら、倒木更新(倒木の上に芽生えた木が一列に生えている)の様子や凍裂(トドマツなどの幹が冬の厳しい寒さによって縦に裂ける)の傷痕などを観察していると、旅館の朝食時間になったせいか、急に人の姿が消え、その頃合を見計らっていたかのように雄のエゾシカが3頭姿を見せた。

 
(わっ、人間だ!)


     阿寒湖を出発

 いつしか阿寒湖の上空はすっかり晴れわたった。朝からこんな晴天に恵まれたのは久しぶりだ。さぁ、今日も走るぞ、という気力が湧いてくる。



 テントを撤収し、キャンプ場を8時50分に出発。町なかで飲料水などを買った後、国道を西へ走る。今日の最初の目的地はオンネトー。雌阿寒岳の麓に秘められた小さな湖である。

     オンネトーへの道

 山裾を縫うように等高線とほぼ平行に5キロほど行くと、美幌方面へ通じる240号線から分かれて、足寄・帯広方面の241号線へ左折。ここから上りとなる。

(帯広・足寄方面R241へ左折)

 分岐点から2キロほど上ると、早くも足寄峠の標識。標高は645メートル。阿寒湖との標高差は200メートル余りというせいもあるが、思いのほか呆気なく峠にたどりついた。ここが阿寒町足寄町の境界で、同時に釧路地方から十勝地方に入る。

(足寄峠からは十勝の足寄町に入る)

 足寄峠から5キロほど下ると、オンネトー入口で、そこを左折し、また森林地帯を上っていく。
 まもなく樹間に姿を現わした山が雌阿寒岳だろう。阿寒湖畔から眺めた雄阿寒岳は小さな富士山といった風情の比較的穏やかな山容だったのに対し、雌阿寒岳は赤茶けた山肌を露出させた荒々しい姿で、山頂付近には噴煙らしきものも見える。現在もまだ活動中のようだ。
 太陽が高く昇って、強い陽射しが照りつけ、暑くなってきた。両側に鬱蒼と森が広がっているとはいえ、路上には日陰がほとんどない。今まで8月とは思えない涼しい日が続いて、夏空を恋しく思っていたが、いざ夏らしい暑さが戻ってくると、非常に辛い。

(オンネトーへの道)

 わずかな木陰を見つけては、自転車を停め、水分補給。何度も休みながら、少しずつ進む。秘境とはいえ、道路は立派で、観光のクルマも意外に多い。
 3キロ余り上ったところが雌阿寒温泉で、このあたりで標高は700メートルほどあるらしい。もう全身汗だくで、息も絶え絶えといった感じ。
 そこからオンネトーまでの1キロ余りはまた急な下りとなる。帰りはまたこの道を上ってくるわけで、ちっとも嬉しくないが、とにかく、右に左にカーブを切りながら、ぐんぐん下っていくと、樹林の間に湖が見えてきた。阿寒湖温泉から17キロ、時刻は10時40分。

     オンネトー

 アイヌ語で年老いた湖とか大きな湖を意味するオンネトーの湖面標高は650メートルで、周囲が4キロ。原生林に囲まれた湖水はオンネトーブルーといわれる独特の青さで、湖底に沈む倒木まで見透かせる。湖面には対岸の森の木々がくっきりと影を落として、神秘の湖などと呼ばれるのも得心のいく美しさである。ただし、この湖は強い酸性のため、魚は生息できないという。

 

 湖の対岸には視界を覆うように大きく聳える雌阿寒岳と阿寒富士。オンネトーはこれらの火山の溶岩流によって螺湾川がせき止められてできたのだそうで、活火山の荒々しさと湖の静かな佇まいの対比が風景全体に凛とした印象を与えている。観光客も何組か来ていて、思い思いに記念写真を撮っている。

 


     湯の滝遊歩道でシマリスに会う

 光線の加減によって日に何度も色を変えるというオンネトーの、時に毒々しいほどの青に目を奪われつつ、湖岸の道をさらに奥地へ走ると、駐車場があり、そこから山奥へ向かって遊歩道が伸びている。1.4キロ先に温泉が岩肌を流れ落ちる「湯の滝」というのがあり、露天風呂もあるらしい。駐車場にはクルマやバイクが数台止めてあるが、自転車は僕だけのようだ。
 頭上を覆う緑の中から銀色のしずくのように降りそそぐ野鳥の声を耳にしながら、原始の気配をとどめる森の中を歩いていく。
 あたりはエゾマツやトドマツなどの針葉樹や様々な広葉樹の混交林で、溶岩らしき岩がゴツゴツしており、苔むした倒木も多い。地面には妖しげなキノコが色とりどりの傘を広げている。
 そんななか、カサカサという物音に足を止め、ふと見ると、シマリスだった。すぐ後ろから歩いてきた親子連れにも教えてあげたが、リスも我々の気配に気づいたらしく、じっくりと眺める間もなく、飛び跳ねるように岩陰に姿を隠してしまった。

     湯の滝

 林間の道を抜けて草地に出ると、正面の崖を滝が流れ落ちている。それが湯の滝。滝壷には魚がたくさんいる。誰が放したのか、テラピアとグッピーだそうである。

(温泉が流れ落ちる「湯の滝」)

 ここはマンガン鉱床の生成過程を観察できる世界的にも極めて貴重な場所らしい。『阿寒国立公園を歩く』から引用してみよう。

「この温泉の中には高濃度のマンガンイオンが含まれており、褐色の繊維状の藻と、その表面に生活するマンガン酸化細菌の働きによって酸化され、黒い酸化マンガンの粒子となって湯の滝の斜面に堆積しています」

 かつてはマンガン鉱の採掘も行われていたそうで、詳しい解説のパネルも展示されているが、素人にとっては「ふーん」という以上の反応をするのは難しい。観光客の目当ては滝のそばに設けられた露天風呂のようで、実際に入浴している人もいたが、僕はちょっと見物しただけで戻ってきた。

     小さな事件

 オンネトー周辺では唯一の民家であるオンネトー茶屋で昼食をとり、12時50分に出発。

 

 ここで小さな事件発生。同じ店で食事をしていた若い男性が運転する多摩ナンバーのクルマの後ろを走っていたら、湖畔を過ぎて、上り坂にかかる地点で、カーブの向こうから大型観光バスが下ってきたのだ。
 ちょうど道路の幅が狭まった区間で、クルマとバスのすれ違いは不可能なので、クルマの方が少し下がって道を譲る。僕は少し離れた後方で待機していた。
 あ、これはちょっとマズイんじゃないか。
 バックするクルマの左側の後輪が路肩を踏みはずし、車体がだんだん傾いてきたのだ。このままではひっくり返ってしまう。バスの運転手の横に立つガイド嬢の「あっ」という口が事態の進行とともにだんだん開いていく。
 クルマは道路際の窪みにゴロンと横転する寸前でなんとか停まった。そうしたら、道があいたので、観光バスは何ごともなかったかのように発進し、そのまま行ってしまったのである。
 大きく傾いたクルマから青年が降りてきた。僕も自転車を止めて、車体を立て直すのを手伝うが、そう簡単ではないことはすぐに分かった。後続のクルマからも人が降りてくる。
「これはJAFを呼ぶしかないなぁ。雌阿寒温泉まで乗せていってあげるから、そこで電話をすればいいよ」
 青年は自分のクルマを残したまま、「すみませんでした」と僕に頭を下げ、親切な人のクルマに乗り込み、走り去った。こんな秘境で、JAFって一体どこからやってくるんだろう?

 あの観光バスはオンネトー観光を終えたら、またこの道を引き返してくるだろう。その時、傾いたまま放置されているクルマを目にするはずである。バスはそれでも平然と傍らを素通りして、次の目的地へ急ぐのだろうか。何か釈然としない思いを抱きつつ、僕も走り出す。

     足寄へ

 ぐいぐいと坂を上り、雌阿寒温泉からは一転してビュンビュン下る。
 途中、ライダーのカップルがいて、女の子が道端に生える巨大なフキの葉っぱを傘にして記念写真を撮っていた。
「気をつけてね~!」
 彼女の声援に手をあげて応え、再び国道241号線に出る。ここから足寄の中心部まで41キロ。足寄町は日本一面積の広い町で、1408.39平方キロもあるそうだ。東京23区の2倍を遥かに上回る面積である。

(足寄まで41km)

 森林地帯を5キロほど下ると、牧草地やジャガイモやトウモロコシの畑が広がってきた。振り返れば、雌阿寒岳と阿寒富士が頭を覗かせている。阿寒国立公園の旅はこれで終わったが、残りの日々を消化試合にしないよう、新たな気持ちで十勝地方へと下っていこう。

(雌阿寒岳を振り返りつつ足寄へ向かう)

 まもなく、茂足寄という土地に物産館があり、休憩のつもりで立ち寄ると、商売熱心なおばちゃんにジャガイモを1箱(10㎏)注文しないかと盛んに勧められるが、足寄町特製のメロンアイスを食べただけで退散。
 それにしても暑い。アスファルトの路面が白く光って眩しく、幻の水がどこまでも逃げていく。
 足寄川沿いに開けた山あいの農村風景が続き、ジャガイモやトウモロコシやカボチャの畑が多く、直売所もあちこちで見かける。
 足寄までずっと下りなのかと楽観していたが、ペダルを踏まなくても進むというほどではなく、40キロの道のりは意外に長かった。



     足寄

 上足寄、螺湾、中足寄と走って、ようやく足寄の市街に入る。足寄川と利別川の合流点に位置する町である。街なかの歩道には有名、無名の人々の手形ならぬ足形タイルが敷き詰めてある。「足を寄せて足寄」ということらしい。
 15時45分に足寄駅前に到着。第三セクター「ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」(池田~北見)の駅である。観光案内板によれば、町役場の標高が94.62メートルだというから、今日の最高地点、雌阿寒温泉からは600メートルも下ってきたことになる。

(足寄駅前)

 この足寄駅は国鉄池北線時代に一度だけ通ったことがある。ちょうどこの駅で列車の行き違いのため20分以上も停車したので、途中下車してみたが、当時は古びた木造の駅舎であった。それが今は「銀河ホール21」というモダンな建物に変わり、町を見下ろす展望タワーが聳え立っている。
 
(1985年3月の足寄駅と1998年8月の足寄駅の展望タワーから南側の眺め)

 足寄といえば、松山千春の出身地として有名で、当時も駅の売店で千春グッズが売られていた。それだけは現在も変わらない。駅の2階には松山千春の展示コーナーがあって、ポスターやレコード、ステージ衣装やギター、多くの記念の品々が展示されていた。街なかの商店の看板にもまだ髪の毛があった時代からスキンヘッドの現在まで様々な松山千春の似顔イラストが使用されていて、彼がこの町の生んだ最大のヒーローであることを物語っていた。

(松山千春コーナー)

 今日はこの足寄で泊まろうと思う。街の西側に里見が丘公園という広大な森の公園があり、その中にキャンプ場があるので、そこにテントを張る。



 夕食は街なかの宝龍というラーメン屋に入ったら、以前、この店に俳優の大地康雄が来たらしく、記念写真が飾ってあった。
 今日の走行距離は89.6キロ。明日はふるさと銀河線に沿って池田方面へ向かう。


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