サロマ湖~小清水峠~屈斜路湖   1998年8月15日

 網走方面から屈斜路湖方面へ抜けるルートで最も有名なのは美幌峠越えですが、今回はそれより標高の高い小清水峠を越えるルートを選んでみました。

  前日へ   翌日へ   自転車の旅Index   TOP


 雨上がりの朝、6時35分にサロマ湖畔・キムアネップ岬を出発。冷ややかな湿った空気が心地よい。気温は15度。サイクリングにはちょうどいい。

(ハマナスが咲くキムアネップ岬キャンプ場)

     サロマ湖・ワッカ原生花園

 まずサロマ湖の常呂側から伸びる砂嘴の上を走ってみよう。「ワッカ原生花園」と呼ばれる観光名所で、サロマ湖東部の栄浦から橋が架かっている。ワッカとはアイヌ語で泉を意味し、砂丘の中ほどに真水が湧き出していることに因んだ命名である。
 原生花園の入口にネイチャーセンターがあって、一般車両はここまでしか入れない。この先は徒歩かレンタサイクル、シャトルバス、または観光馬車で散策することになるが、開館は8時からで、まだ誰もいない。もちろん、僕は自分の自転車でそのまま走り出す。
 まもなく突き当たるのが「竜宮街道」。サロマ湖とオホーツク海を分ける砂丘の上を背骨のように貫く1車線の舗装道である。まずは左折して砂嘴の先端方面へ向かう。
 ほかの原生花園と同様にここでもすでに最も華やかな季節は過ぎて、今も咲いているのはハマナスやノコギリ草、エゾカワラナデシコなど。あとは北米原産のマツヨイグサ(いわゆる月見草)がかなり目につく。夕方から翌朝にかけて咲く花で、この時間だともうレモンイエローの花の大半は萎んで赤く変色しつつある。きれいな花だとは思うが、やはり原生花園に咲いていてはいけない存在ではあるだろう。

(ハマナスとマツヨイグサ)

(第二湖口)

 ノビタキやカワラヒワのさえずる草原を行き、砂丘を分断して開削された第二湖口にかかる橋を渡ると舗装路も終わりで、あたりは林に変わり、小さな広場に「花の聖水・ワッカの水」という噴泉がある。オホーツク海もサロマ湖も塩水なのに、その間に真水が湧き出ているという不思議な泉である。
 といっても、初めは水が出ていなかったのが、あとから地元のおじさんが自転車でやってきて、汲み上げポンプでも作動させたのか、まもなくチョロチョロと水が出てきた。夜間は水を止めているようである。
 さっそく備えつけのコップで喉を潤す。テレビの旅番組なら「甘みがあって美味しい」だの「味がまろやか」だのと言わなければならない場面であるが、まぁ、水は水である。僕は水の美味しさについては感覚が鈍いのだろう。まずい水というのはすぐ分かるけれど。

(エゾカワラナデシコの咲く浜辺)

 そこで引き返すと、まもなく向こうからライダー風のいでたちの青年が自転車でやってきた。8時に開いたネイチャーセンターで借りたのだろう。彼にしてみれば、一番乗りのつもりだったのだろうが、僕がキャンプ装備の自転車でこんなところにいるものだから、
「ここでキャンプをしたんですか?」
 と聞かれた。

     トーフツ

 さて、栄浦へは戻らず、左右に海と湖を見ながら、今度は竜宮街道を常呂方面へ走る。



 広大なサロマ湖はちょうど栄浦で、湖面をキュッと絞ったようになり、そこからひょろりと細長い盲腸のような水面が東へ伸びている。アイヌ語でいう「トーフツ」、つまり湖の口であり、昔はその先端部でオホーツク海に通じていたのが、流砂の堆積で湖口が塞がってしまったそうだ。「旧サロマ湖口」の石碑にはこう記されている。

「海に通じる湖口は元この附近にあり地盤が高かったので、毎春人工的に掘削開通していた。昭和四年湧別側で排水路を掘削したため潮流が大きく影響し自然に閉塞した」

(サロマ湖の末端とオホーツク海)

 道はなおも続く。地図によれば常呂の町まで通じているようだ。
 まもなく、路面に「自転車折り返し地点」と書いてあったが、これはレンタサイクル向けだと判断して、そのままどんどん走っていくと、道はゲートで閉鎖されていた。自然保護のために一般車の進入を阻止するためのものだろう。すでに6キロも来てしまい、今さら引き返すのも面倒なので、重い自転車をエイヤッと持ち上げて、ゲートの脇のわずかな隙間を強行突破した。

     湧網線跡サイクリングロード

 常呂からはまた湧網線跡のサイクリングロードを網走まで走る。途中、雨が降ったり止んだりしたが、ノンストップで飛ばす。
 卯原内を通過して、能取岬方面への道を左に見送り、なだらかな丘に上ると、そこに二見ヶ岡駅の跡と思しき空き地が草に埋もれていた。すでに駅舎もホームも残っていないが、やはり駅があった場所というのはなんとなく分かるものだ。
 網走湖畔に出る頃、雲間から陽が射してきた。途端に暑さを感じるようになる。草露がキラキラ光り、キリギリスも鳴いている。

 
(網走湖と網走刑務所・湖畔農場))

 網走刑務所の湖畔農場の敷地内を通過して、大きくS字形に蛇行する網走川を渡り、かつて大曲という仮乗降場があったあたりでサイクリング道路は終点。ここからは国道を走る。

     網走の縁日

 網走駅前には10時45分に到着。
 今日は網走神社のお祭りらしく、市内の商店街には露店が並んでいる。
 フランクフルト、おでん、トウモロコシ、金魚すくい、カメすくい、射的、ハッカパイプ、数合わせ、たこ焼き、焼きそば、広島焼き、大阪焼き、トロピカルドリンク、たい焼き、焼きイカ、スマートボール、ドーナツ、チョコバナナ、植木市など。
 短い夏を楽しむ市民に混じって、僕もここだけは自転車を押してゆっくり歩く。

     毛ガニを食べる

 網走市街を抜け、オホーツク海に沿って国道244号線を浜小清水方面へ走る。沿道には観光物産センターやカニの直売店が多く、どこも駐車場には観光バスが並んでいる。
 僕もお祭りの縁日を見物したばかりで気分が浮つき、カニでも食べたいな、と思い、数あるカニの直売店のうちの一軒に立ち寄り、2,000円の毛ガニを茹でてもらい、その場で食べる。
 今日は終戦記念日。テレビでは戦没者追悼式の模様を中継していて、小渕総理の棒読みの式辞を聞きながら、こちらはカニと格闘する。ひとりで食べていると、だんだん空しくなってきた。
 ちなみにテレビの気象情報によれば、午前11時現在の網走市の気温は16.1度とのこと。

     藻琴駅

 さて、一応は満足して、でも、もうカニはいいや、という気分になって走り出す。
 まもなく、釧網本線の藻琴(もこと)駅前。網走から3つ目、8.7キロ地点にある駅で、ここも止別(ラーメン屋)や浜小清水(レストラン)、北浜(喫茶店)の各駅と同様、駅舎の外観はそのままに内部が改造され、「トロッコ」という軽食喫茶の店になっている。

(藻琴駅)

 カニを食べたばかりだが、これから峠越えが待っているので、ここでもシーフードカレーを食べる。ちょうど昼時で、ほかにもライダーや地元の人が食事をしていた。各駅とも相乗効果で繁盛しているようだし、釧網本線がグルメラインなどと呼ばれて、旅行ガイドにも紹介されるようになったから、駅の活性化の成功例には違いないが、列車本数が少ないので、お客のほとんどはクルマで来るようである。

     藻琴湖

 藻琴駅前を出発したのは12時55分。
 国道ともオホーツク海とも別れて、ここからは道道102号線を内陸部へ向かう。方面標識には「川湯50㎞」とある。今日の目的地はさらにその先の屈斜路湖である。
 峠越えに備えて藻琴の酒屋で水を買い、しばらくはほぼ平坦な道を藻琴湖に沿って走る。
 藻琴湖もサロマ湖や能取湖、涛沸湖などと同じ海跡湖であるが、小さくて地味な存在で、観光的にはあまり注目されていない。
 というわけで、坦々と走っていたら、道端にある路線バスの停留所の名がふと目に留まり、一度行き過ぎてから、わざわざバックして確かめる。
「荒木さん前」
 というのが、その停留所の名前であった。なるほど、そこに一軒の民家があるから、そこの住人が荒木さんなのだろう。以前にも「××宅前」などというバス停を見たことがあるが、こういうのはいかにも北海道らしい。この後にも「○○さん前」停留所をいくつか見かけた。

(荒木さん前バス停)

     東藻琴村

 藻琴川に沿って、緩やかな勾配のある道を快調に走っていくと、網走市から東藻琴村へ入り、藻琴駅前から15キロほどで村の中心部に着く。意外に立派な集落である。郵便局に立ち寄る。
 川湯まであと34キロ。その間には標高1,000メートルの藻琴山の東の肩を越えなくてはならない。だんだん上りが本格化するはずである。



 丘陵地帯の間に畑や牧草地の続く道を徐々に高度を上げていくと、やがて東藻琴温泉。ここには芝桜公園というのがあり、5月から6月にかけて丘一面がピンクに染まるそうだ。今日も行楽客の姿が見えるが、僕はそのまま通過。
 勾配がだんだんきつくなり、息が荒くなってきた。なだらかな藻琴山も間近に迫ってきた。

 14時40分に東藻琴パーキングに到着。ここでひと休み。もう汗だくである。
 峠はもう少し先のようだが、振り返れば、網走方面までずっと見渡せる。いつしか雲が低く垂れて、遠くは霞んでいるので、判然とはしないが、オホーツク海も微かに見えるようだ。晴れていれば、きっと素晴らしい眺めなのだろう。

(オホーツク海方面を望む)

 あとから来たライダーと「峠はもうすぐですかね」などと言葉を交わし、5分の休憩後に再び走り出す。

     小清水峠

 あとひと踏ん張りだ。そう思っていたが、峠の標識はなかなか現われなかった。
 「阿寒国立公園」の標識を過ぎたので、そろそろか、と期待したのに、まだ峠には着かない。体力的にも精神的にもきつくなってきた。

(阿寒国立公園に入る)

(高山の雰囲気になってきた)

 林相は針葉樹中心に変わり、標高はさほどでもないのに高山の雰囲気が濃くなり、東藻琴村から小清水町に入って、急カーブを2つ曲がると、ようやく道が平坦になり、その先は下り坂になっていた。ここが小清水峠らしい。標高は500メートルちょっとか。時刻は15時25分になっている。

(小清水峠)

 その峠の頂上で道路の真ん中にシマリスが横たわっていた。車にはねられたらしい。事故から間もないのか、亡骸はふっくらとして、今にも起き上がって、森の中に走って逃げそうにも見えるが、近づいてみたら、頭部から丸いものが飛び出している。眼球らしかった。

 さぁ、ここから川湯までの約15キロは下る一方だ。反対側から上ってきたチャリダーと手をあげて挨拶を交わし、グングン加速。巨大な屈斜路カルデラの外輪山の内側へと下っていく。
 小清水町から今度は弟子屈町に入り、まもなく眼下に屈斜路湖の雄大な風景が広がった。



 藻琴山展望駐車公園に立ち寄り、ここでまた休憩。昨年越えた有名な美幌峠ほど均整のとれた風景ではないが、ここから眺める屈斜路湖もなかなかいい。美幌峠と違って観光客も少なく、土産物屋などもなく、却って好ましくもある。あたりは笹原で、そこにダケカンバがまばらに生えているのもいい感じだ。苦しい思いをして上ってきたので、感動もひとしおである。

 

 

 さて、再び走りだすと、たちまち時速50キロ近くになる。このまま重力に任せてビュンビュン下りたくなるが、急カーブが多い上に対向車や後続車に注意しつつ道路の左端を走らなくてはならないから、そうもいかない。緊張の連続で、楽しんでばかりもいられない。さっきの哀れなシマリスの姿が目に浮かぶ。

     屈斜路湖畔

 ようやく勾配がなくなり、あたりにジャガイモ畑が広がり、噴煙を上げる硫黄山(アトサヌプリ)が間近に迫ってきて、藻琴駅前からちょうど50キロで川湯に着いた。



 すでにサロマ湖をスタートしてから124キロも走っており、ペダルが重い。今日は屈斜路湖最南部の和琴半島のキャンプ場に泊まるつもりなので、まだ20キロもある。まぁ、ゆっくり行こう。
 屈斜路湖畔にはいくつもの温泉が点在し、キャンプ場もあちこちにあるが、どこも大賑わいで、路上駐車の車がズラリと並んでいる。
 そんな光景を横目に見ながら、意外に起伏の多い湖畔の道を時速20キロにも届かないノロノロ運転でちんたらちんたら走る。
 湖畔といっても、周囲は鬱蒼とした原生林で、湖はほとんど見えないまま、釧路川の源流を渡り、17時15分に和琴半島のキャンプ場に到着。さすがにバテた。



 今日の走行距離は今回の旅で最長の146.1キロ。



   前日へ   翌日へ   自転車の旅Index   TOP


inserted by FC2 system