ばんえい競馬
(ハイジ牧場~岩見沢~滝川公園)      8月3日

 長沼町ハイジ牧場を出発して岩見沢に出て、「ばんえい競馬」を見物。その後、国道12号線の日本一長い直線区間を経て、空知川沿いの滝川公園まで走りました。 

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     ハイジ牧場の朝

 ウァーオ、ウァーオ、ウォーアーオ。
 明け方、夢うつつの中で奇妙な声を聞いた。子どもが奇声を発しているようでもあり、何か笛の音のようでもある。いずれにせよ、今まで聞いたこともない声または音で、正体は皆目見当がつかない。

 キャンプをすると夜明けとともに目が覚めるのはいつものことで、今朝も4時40分には寝床を抜け出し、まだ誰もいない静かな牧場の散策に出る。
 天気はすっかり晴れて、南の空に白い月が浮かんでいる。清々しく爽やかな朝である。金色の朝日を浴びた草原には羊の群れが散らばり、あるいは馬たちが草を食んでいる。ホオジロやカワラヒワがあちこちでさえずり、林の中からコゲラの「ギィー」という声やエゾセンニュウの「トッピンカケタカ」という澄んだ声も聞こえてくる。
 こうして歩いてみると、ハイジ牧場も悪くない。雄大にうねる草原。丘の上の教会。ポプラや白樺の点景。つくられた風景であることを忘れそうになる。





 ウァーオ、ウァーオ、ウォーアーオ。 
 また、あの奇妙な声がした。そして、緑がかった鳩が数羽、林の中から飛び立ち、牧場の彼方に飛び去った。
 アオバト?
 初めて目にする鳥だが、図鑑にそういう鳥が載っていたのを思い出し、テントに戻ってから調べて見ると、確かに「オーア、オ、アーオ」と鳴くと書いてあった。これだ、これだ。名前はアオバトだが、英語ではJapanese Green Pigeonといい、漢字でも「緑鳩」と書くように、緑色の美しい鳩である。とにかく、これでまたひとつ知識が増えた。実社会ではあまり役に立ちそうにない知識だけれど…。

     岩見沢へ

 さて、ハイジ牧場を出発したのは8時のこと。
 青空の下、長沼町の田園風景の中を北へ15キロ余り走って、増水した夕張川の濁流を渡ると、栗沢町に入り、JR室蘭本線の栗丘駅前に出た。苫小牧から60.5キロ、岩見沢まで13.6キロの地点にある無人駅である。かつては石炭輸送の大動脈だったこの路線も今はすっかり閑散線区に落ちぶれ、複線だった線路も一本は赤く錆びつき、使われなくなった栗丘駅の上りホームには雑草が盛大に茂っている。使用中の下りホームにもかなり雑草が生えている。



 その栗丘からは苫小牧で別れて以来の国道234号線を行く。うらぶれた鉄道とは対照的に道路はやがて立派な4車線になり、道央自動車道の下をくぐって、岩見沢市街に入った。

 岩見沢駅前に着いた。函館本線と室蘭本線が接続する鉄道の要衝にふさわしい風格のある駅舎の時計の針は10時15分を指している。



 この岩見沢駅舎は残念ながら2000年12月10日に漏電による火災で全焼してしまいました。

 特に有名観光地というわけでもない岩見沢へやってきた目的は実は競馬である。それも体重がサラブレッドの倍ほどもある馬が重い鉄ソリを引いて走る「ばんえい競馬」。一度は見てみたくて、あらかじめ、この時期に岩見沢競馬場でレースが開催されていることは調べてある。
 それにしても、予想外に暑い。陽が高くなるにつれて気温がぐんぐん上昇し、本州の夏に近い暑さである。それもそのはず、市役所の電光温度計は「31℃」を表示しているではないか。北海道で気温30度を経験するのは初めてだ。やはり真夏でも涼しい(寒い)道東地方とは気候が全然違う。道に迷いながら、ようやく丘陵の上の競馬場を探し当てた時には汗だくになっていた。

     ばんえい競馬

 さて、入場料100円を払って場内に入る。ローカルな雰囲気に満ちた、のどかな競馬場で、ちょうど11時発走の第1レースが始まるところだった。

 ばんえい競馬のコースは直線200メートルのダートで、途中に2か所の障害が設けられている。高さ1メートルの第1障害と1.7メートルの第2障害である(数字はいずれも岩見沢コース)。この2つの山を越えて、重い鉄ソリをゴールまで引いていくわけだが、レースを実際に見てみると、その模様は想像とはだいぶ違っていた。馬は力まかせに障害を乗り越えて、ひたすらゴールめざして突っ走るのかと思っていたのだが、そうではなかったのだ。
 各馬は一斉にスタートすると、まず第1障害はわりと簡単に越えて、力強く第2障害へ突進する。ここまでは大体思い描いていた通りだ。ところが、第2障害に辿り着くと、すぐには越えようとせず、騎手(ソリに乗っている)はいったん馬を止めて、ひと息入れさせるのだ。だから、ここで再び馬たちはほぼ横一線に並ぶことになる。そして、十分にパワーをためて、いよいよここからが勝負。一気に山を越える馬もいれば、なかなか越えられない馬もいて、ここで大きく差がつく。しかし、障害をいちはやく越えても、まだ安心はできない。ゴール目前で疲れて立ち止まってしまい、後続馬に抜かれてしまうケースもあるからだ。
 そして、ゴール。普通の競馬は馬の鼻先が決勝線を通過してゴールだが、ばんえい競馬では荷物を最後まで運びきるという趣旨から、ソリの最後部がゴールラインを通過するところまでで競う。
 ほかの馬がみんなゴールしても、まだ障害を越えられない馬もいて、見ていて、思わず力が入ってしまった。

(がんばれぇ! 難関の第二障害に挑む)

 今日の第1レースの優勝タイムは1分55秒0。第3レースで1分46秒3。わずか200メートルのレースにこれだけの時間を要するわけだが、体重1トン近い馬たちが500キロから1トンの重量物を積んだソリを引いて、パワーとスピードとスタミナを競うのだ。その迫力はやはり凄い。百聞は一見に如かず、とはまさにこのことだ。まだ午前中のレースだから、格の低い馬ばかりのはずで、これが重賞競走にでもなったら、どんなに凄いレースを見せてくれるだろうかと思う。メインレースまで見たいところだが、昼頃には出発するつもりである。
 しかし、とにかく暑い。カンカン照りだから、観客はみんなスタンドの屋根の下に陣取って、日なたに出る人はほとんどいない。先生に引率された子どもたちだけが柵にしがみついて馬の競走に見入っていた。

 結局、第5レースまで見てしまい、食堂でカレーライスを食べて、12時50分に競馬場をあとにした。ちなみに馬券は第3レースだけ2,000円分買ってみたが、当然ながらはずした。

     国道12号線の日本一長い直線区間

 さて、岩見沢からは国道12号線を旭川方面へ向かう。石狩平野を貫いて札幌と旭川を結ぶ大幹線道路で、交通量が多く、自転車旅行者にとってあまり面白みのない区間ではある。ただ、除雪スペースなのか、路側帯に十分な幅があって走りやすいのは助かる。追い風のせいもあって、速度計は時速35キロをコンスタントに表示する。やけに快調である。
 これで暑くなければ文句はないが、手元の温度計では34度近い。道東地方にはいないアブラゼミが鳴いている。ここは本当に北海道なのか、と思う。途中のコンビニで水を買い、頭からかける。
 美唄市に入り、光珠内付近から日本一の直線区間が始まる。滝川の手前まで29.2キロも道路は一直線に伸びているのだ。まぁ、これだけ平坦な区間なら、道路をまっすぐに敷くのも簡単だろうと軽く考えていたが、ちょうど中間地点にある奈井江町の道の駅「ハウスヤルビ奈井江」の説明板によれば、この道路も北海道開拓時代に過酷な強制労働によって建設されたのだそうである。
 明治時代から昭和の敗戦まで、北海道の道路や鉄道の建設、治水工事や鉱山開発などが囚人やタコ部屋労働者、中国や朝鮮半島からの強制連行者などを使って進められた事実は知識としては知っているが、実際に北海道を旅していると、つい忘れがちになる。いま自分が走っている道がどうやって建設されたのか、その歴史を忘れてはいけない、と改めて心に言い聞かせた。
 奈井江の道の駅では、まず洗面所で旅に出て初めてヒゲを剃り、ザブザブと顔を洗い、それから喫茶コーナーで一服。30分ほど休んで14時55分に再び走り出す。

     滝川公園

 砂川を過ぎて、ようやく直線区間が終わると石狩川の支流・空知川にぶつかり、その堤防沿いに滝川公園というのがある。そこでキャンプができるらしいので、今日のサイクリングはここまでにする。

 滝川公園はいわゆる都市近郊の緑地公園で、名前の通りキャンプ場は滝川市が管理しているようだが、所在地は砂川市空知太になっている。滝川市は空知川の対岸である。どういう理由でこうなっているのか分からないが、いずれにしても、観光地ではないから、旅行者の立ち寄るような場所ではない。実際、大木が茂り、沼もある公園内にはほとんど人の気配がない。
 キャンプ場といっても、管理人がいるわけでもなく、緑地の一角に木製のベンチとテーブル、水場と簡単な炊事場があるだけで、テントを張っている人は一人もいない。時折、近所の人が犬を連れて通りかかるだけ。この分だと、今夜は僕ひとり、ということになるかもしれない。こういう状況は初めてだが、まぁ、いいか。水場に近い草地(芝生ではない)にテントを張る。そばを小さな川がゆったりと流れていて、対岸の森ではアブラゼミが喧しい。



 今回も自炊道具は一切持たずに来たので、また近所のローソンへ出かけ、夕食や明日の朝食用に弁当やパンなどを買ってくる。
 すっかり日が暮れて、誰もいなくなった公園にひとりでいると、午後8時を過ぎた頃、ついに仲間がやってきた。彼も自転車である。何はともあれ話し相手ができたのは有り難い。
 彼は東京の大学生で大分県出身のM君といって、北海道に来て1週間になるというが、ずっと大雨続きで、晴れたのは今日が初めてとのこと。函館からここまで自転車を分解しては列車に乗る輪行の繰り返しだったそうだ。僕は苫小牧に着いた直後こそ雨に降られたものの、北海道に来るタイミングとしては、まぁ、よかったほうかもしれない。ということは、明日も暑いのだろうか。
 今日の走行距離は93.4キロ。明日は日本海岸の留萌方面へ向かう予定。



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