風の音楽~キャンディーズの世界♪



キャンディーズのびおんだくおんびだくおん


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 少し前にさだまさしがラジオで最近の歌手は鼻濁音を使わなくなったというような話をしていました。
 鼻濁音鼻から声を出すように発音するガ行の音で、原則としてガギグゲゴが語頭以外につく場合に鼻濁音になります。たとえば、「午後(ゴゴ)」という言葉だと、最初のゴは普通の濁音、あとのゴが鼻濁音になります。あるいは、「学校」のガは濁音ですが、「小学校」のガは鼻濁音です。こうすると、言葉がやわらかく美しく響くとされていて、特にアナウンサーなどは厳しく教育 されるそうです。アナウンサーの発音を注意して聞いていると、やはり鼻濁音を使っている人が多いですが、最近はアナウンサーでも鼻濁音を使わない(使えない)人が増えているともいいます。
 そもそも、鼻濁音は伝統的に東京方言を含む東日本の言葉で多く使われ、特に東北地方の方言では不可欠の要素となっていますが、中国・四国・九州地方など西日本ではもともと存在しない発音だそうです。その意味では鼻濁音を使うのが正しい日本語であると言い切るのは無理があるような気もします。それでも、かつては標準語では鼻濁音を使うべし、ということになっていたようです。
 いずれにしても、最近は鼻濁音を使わない(または発音できない)人が増えていて、それ以前に若い世代では鼻濁音というもの自体を知らない人も多いでしょうから、もはや鼻濁音は日本語の発音としては消えつつあるというのが現状なのでしょう。ちなみに僕は鼻濁音の発音は普通にできますが、ふだんの会話で使うことはほとんどありません。でも、歌をうたう場合にはなぜか自然に鼻濁音になってしまうこともあるようです。
 また、鼻濁音はべつに特殊な発音というわけではなくて、英語やフランス語、韓国語など外国語でも普通に使われます。たとえば、英語の「~ing」の発音が鼻濁音ですね。僕も「シンガーソングライター」なんていう場合にはガもグも自然に鼻濁音になってしまいます。

 さて、前置きが長くなりましたが、その鼻濁音。キャンディーズの場合はどうでしょうか。
 彼女たちのデビュー曲「あなたに夢中」。いきなり4文字目に出てきます。

 あなた好き、とっても好~き♪

 ランははっきりと鼻濁音で歌っています。同じ「あなたに夢中」の次の部分もそうです。

 心を~ささて~、この命~ささて~♪

 この赤字部分もランミキが鼻濁音で歌っているのが分かります。
 もちろん、スーも鼻濁音を使っています(彼女はもともと鼻にかかったような歌い方をしますね)。たとえば、2ndシングル「そよ風のくちづけ」の次の部分。

 あれから夢こち♪

 例をあげれば、キリがありませんが、キャンディーズの曲をずっと聴いていくと、ラストの「微笑がえし」に至るまで彼女たちが鼻濁音をきちんと使っているのが分かります(例外的に「その気にさせないで」「ハートのエースが出てこない」ランが濁音を使っている箇所があります。前者の「街の灯が~♪」と後者の「あいつの気持ちが~♪」の部分))。
 最近の若いJ-ポップ・シンガーで鼻濁音を使う人はごく一部の例外を除き、ほとんどいませんから、若いリスナーの耳には鼻濁音を使うキャンディーズは少し古風に感じたり、違和感を覚えたりするのかもしれません。
 キャンディーズだけでなく天地真理山口百恵など、当時の大抵の歌手は鼻濁音を使っています。要するに歌謡曲の世界では鼻濁音の使用が常識だったということでしょう。歌謡曲以外ではどうだったかというと、たとえば、キャンディーズの3人よりちょっと年上で、同じ東京出身の松任谷由実(デビュー当時は荒井由実)のように初めから鼻濁音はまったく使っていない例もあるようです。

 現在のいわゆるJ-ポップの世界では鼻濁音を使う歌手は皆無に近く、一方で演歌の世界では今でも鼻濁音をしっかり発音するように徹底指導されるということですから、伝統的な歌謡曲では鼻濁音にこだわり、フォーク・ロック~ニューミュージック~J-ポップ系の音楽ではこだわらないという傾向があるようです。しっかり検証したわけではありませんが、印象としてはそうです。
 それで、しっかり鼻濁音を使っているキャンディーズは歌謡曲の伝統の中に属するグループだった、というのであれば話は簡単なのですが、実はそれほど単純ではないのです。

 続いて、キャンディーズ「春一番」を聴いてみましょう。

 とけて川になってなれて行きます つくしの子恥かしに顔を出します♪

 冒頭から鼻濁音がたくさん出てきます。もちろん、すべてキャンディーズはきちんと発音しています。
 ところが…なのです。
 すでに書いたように「春一番」はもともとアルバム『年下の男の子』のA面1曲目に収録されていて、のちにリメイクの上、シングルカットされました。つまり、だれもが知っているシングル・ヴァージョンとは違うアルバム・ヴァージョンが存在するわけです。そして、オリジナル版ともいえるアルバム・ヴァージョンではキャンディーズがなんと濁音を使っているのです。3人がユニゾンで歌っているので、聞き分けにくい部分もありますが、少なくとも「雪とけて」「なれて行きますの部分は濁音に聞こえます。これはどういうことでしょうか。2つの理由が考えられます。

(1)作詞作曲を手がけた穂口雄右氏は日本のポップス(歌謡曲)の変革を志しており、歌謡曲の伝統を打破するためにあえてキャンディーズに濁音で発音させた(あるいは、発音についての指導を意図的に避けた)。
(2)キャンディーズの3人はもともと鼻濁音を使う習慣がなく(あるいは、定着しておらず)、特に指導されなかったため、自然に濁音で発音してしまった。

 真相は分かりませんが、(2)の理由が正解に近いように思えます。ただ、彼女たちの場合、鼻濁音を使う習慣が定着しているわけではないけれど、まったく使わないわけでもない、という感じでしょうか。なぜなら、「春一番」アルバム・ヴァージョンでも100パーセント濁音というわけではなく、きれいな鼻濁音で発音している部分もあるからです。 たとえば、次の部分。

 吹いて暖かさを運んで来ました どこかの子隣の子を迎えに来ました♪

 ここは「風が明らかに濁音で、「どこかの子は鼻濁音に聞こえます(もちろん、シングル・ヴァージョンはこの部分も両方鼻濁音です)。ほかにも鼻濁音で発音している箇所がいくつかあるのです。従って、意識して濁音にこだわっているわけではないことは確かです。別の言い方をすると、レコーディングに際して、濁音/鼻濁音の使い分けについて特別な指導が行なわれた形跡が見られないわけですが、そこに何らかの制作上の意図が働いているのかどうかは分かりません。このスピード感あふれる楽曲において、あえて濁音を使うことで、ロック的なトンガッた印象を強める効果はありそうですが。

 ついでに、キャンディーズのライヴ音源をいろいろ聴いてみても、やはり本来なら鼻濁音を使うべきところを濁音で発音しているケースが結構あります。それでも、すべてが濁音というわけではなく、やはり鼻濁音になったり、濁音だったり、あまり徹底されていない印象です。
 たとえば、「年下の男の子」のライヴ・ヴァージョン(「10,000人カーニバル」)を聴いてみましょう。まずは次の部分。

 淋しり屋で生意気で♪

 この「が」をランはレコードではちゃんと鼻濁音で発音していますが、ライヴでははっきり濁音で歌っています。ところが…。

 L・O・V・E 投キッス♪

 曲中に3回出てくるこのフレーズの「げ」の発音。同じライブ版でも1回目と3回目は鼻濁音、2回目だけ濁音に聞こえるのです。
 やはり、キャンディーズの場合、特に指導されなければ、濁音/鼻濁音の使い分けをあまり意識せずに発音していたようです。そして、彼女たちは鼻濁音をもともと自由に使えたので、結果的に、同じ言葉の発音でも濁音になったり鼻濁音になったり、という(ある意味で妙な)現象が生じたのでしょう。
 もちろん、3人いるわけですから、3人のうち1人だけ濁音とかその逆なんてこともあったと思われます。その辺を注意して聴いてみるのも面白いかもしれません。
 これはちゃんと検証したわけでもなく、あくまでイメージなのですが、性格的にミキが一番几帳面に濁音/鼻濁音を使い分けていそうな気はします。一度指導されたことは忘れないタイプといいましょうか。その点、ランは鼻濁音になるべきところで濁音を使う頻度が一番高いような印象です(違っていたら、ゴメンナサイ)。

 それで再び「春一番」の話に戻ると、シングル・ヴァージョンでは鼻濁音の使用が徹底していることから、シングル用の再レコーディングに際して、改めて鼻濁音をしっかり発音するように歌唱指導されたのだと推測できます。なにしろ、渡辺プロダクションの社長・渡辺晋氏は「です・ます」調の歌詞がフォークっぽい、つまり歌謡曲的ではない、という理由で、この曲のシングル化に難色を示したということですから、特にシングル曲については発音も含めてあれこれとうるさく口を出したのではないか、と想像できます(いくつかのシングル曲が渡辺氏のダメ出しによって録音やりなおし、アレンジ変更、歌詞変更になるなど、いろいろあったようですから)。逆にシングル曲以外については、社長の監視の目が十分に行き届いていなかったということでしょうか。キャンディーズのアルバム曲に傑作が多いのはそのせいだ、とまでは言いませんが…(言いたいけど)。

 さて、話は変わりますが、お笑いキャンディーズのギャグというと、妙に鼻音を使いたがるという傾向が見られます。

 のーしたらいいの?(←どうしたらいいの?)
 のーらん(←伊藤蘭)
 まっ(←バッチリ)

 など。番組で共演していた伊東四朗もつられてカンがないのよ」(←時間がないのよ)なんてやっていました。

 ャンーズ(←キャンディーズ)なんていうのもありましたっけ?

 彼女たちが連発していた「がばて!」も「がんばって」を鼻から声を出すように発音しているうちに生まれた言葉のように思えます。

 この意味もなく鼻音を使いたがる、という傾向。歌のレコーディングで鼻濁音をしっかり発音するように歌唱指導されているうちに、3人が必要ない部分まで鼻から声を出すように発音して面白がっていたところから始まった…なんて想像してみたのですが、実際はどうだったのでしょう。



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