風の音楽~キャンディーズの世界♪

カッコイイ「春一番」の記憶



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 キャンディーズ解散前後の頃、ラジオで異様にカッコイイ「春一番」を聴いた、という記憶があります。
 すでに書いた通り、僕はキャンディーズの現役時代、彼女たちのレコードを買うということは一度もなく、初めて買ったのが解散翌日のことでした。そもそも当時はキャンディーズに限らず、自分でレコードを買うという習慣がなく、音楽はもっぱらテレビやラジオを通じて聴いていたのです。まだ音楽を聴くということは趣味とも言えませんでした。
 そんなわけで、デビューの時からキャンディーズが好き、という自覚はありましたが、彼女たちの歌もテレビやラジオから流れてくるのを聴くだけで満足していました。
 そういう状況の中、その日、ラジオから流れてきた、すっかりお馴染みのはずの「春一番」はそれまで聴いたことがないくらい、かっこよくて、印象に残っているのです。今から思えば、バックの演奏は間違いなくMMPでした。当時の記録によれば、解散3日前の4月1日にTBSラジオ「ヤングタウンTOKYO」で放送された「キャンディーズ・ラジオさよならコンサート」を聴いているので、恐らく、その時の演奏だったのではないでしょうか。当然、キャンディーズの曲がたくさんライヴ演奏されたのですが、とりわけ「春一番」が耳に残っているのです。

 これは最近になって改めて気がついたことですが、当時の歌謡番組ではスタジオに指揮者のいるビッグバンドがいて、歌手はその生演奏をバックに歌う、というのが普通でした。もちろん、キャンディーズの場合もそうです。
 生バンドの演奏をバックに歌うということは、毎回毎回違ったアレンジで歌っていたということでもあります。それぞれの差異は微妙なものであったとしても、すべてがいわば、1回かぎりのライヴ・ヴァージョンだったわけです。少なくともオリジナルのレコード版とは異なるアレンジで演奏されていました。
 たとえば、「春一番」。当時の歌謡曲としては際立ってテンポの速いこの曲ですが、テレビ出演時にはバックがビッグバンドの場合、テンポを落として演奏されるケースが多かったようです。そのちょっとのどかな「春一番」を僕らはテレビで聴いて、馴染んでいたわけです。
 一方、1977年暮れのNHK「紅白歌合戦」における「やさしい悪魔」は異様に速いテンポで演奏されています。時間が押していたのか、と思うほどです。そのせいか、出だしでスーちゃんがちょっと出遅れていたりもします。翌春に解散を控えたキャンディーズにとって最後の「紅白」出演ということから、もう少し大切にされてもよさそうに思うのですが、当時は掟破りの解散宣言によって芸能界で逆風の中にいたキャンディーズということで、こんな扱いなのか、と勘繰ったりもしたくなります。
 とにかく、今から聴くと、ちょっと違和感があったり、物足りなかったり、という場合も個人的には少なくないのです。でも、当時は番組ごとにバックの演奏が違う、なんてことは意識もせず、速かろうが遅かろうが短縮ヴァージョンだろうが、「春一番」は「春一番」であり、「やさしい悪魔」は「やさしい悪魔」でした。キャンディーズが歌っていれば、それで満足だったのです。
 一般的に「歌謡曲」と呼ばれる音楽の構成要素として重要なのは歌詞とメロディー(曲)と歌唱でしょう。演歌が典型的ですが、バックの演奏に注目して聴く、なんていうことはまずないと思います。僕も当時はそうでした。

 そんな時、ラジオから流れるかっこいい「春一番」を聴いて、バックの演奏がやけに印象に残りました。キャンディーズが解散し、テレビやラジオでは彼女たちに接することができなくなって、僕ははじめてレコードでキャンディーズを聴くようになるわけですが、スタジオ版の「春一番」はなんとなく物足りなく感じられるほど、そのライヴ・ヴァージョンは当時の僕にとってはインパクトのある演奏でした。録音はしていなかったので、聴いたのはその時限りなのに、今でも覚えているほどです。まぁ、当時のキャンディーズ+MMPのライヴとしては普通の演奏だったのかもしれませんが、そのようなライヴに縁のなかった僕には、妙にかっこよく聞こえたのです。僕が音楽を、歌詞でもメロディーでも歌でもなく、演奏、あるいはサウンドに注目して聴くようになった最初のきっかけがその時だったように思います。
 それ以来、キャンディーズのレコードを買い集めていくうちに、彼女たちの歌だけでなく、バックの演奏にも耳を奪われる、という瞬間は何度も訪れ、今ではそういう聴き方が普通になっています。要するに歌を聴くのではなく、歌と演奏をトータルで聴くということです。もちろん、これは歌謡曲以外の音楽ジャンルにおいては、ずっと前からごく普通のことでしたが、音楽といえば歌謡曲だった僕にとっては、あの「春一番」は鮮烈な体験だったわけです。

 アイドルだの歌謡曲だのには見向きもしなかったロック少年にとってもキャンディーズだけは別格だった、ということが言われますが、これはきっと偶然ではないのでしょう。当時はロック少年でも何でもなかった僕ですら耳を奪われた、あのかっこいい「春一番」。そこでバックバンド、MMPの存在が大きかったのは言うまでもありません。そもそもアイドルがロックバンドを専属のバックとして従え、ライヴ活動に力を入れるということ自体が異例でした。当時のアイドルとしてはアグネス・チャンのバックにムーンライダーズがいたり、南沙織のバックでティン・パン・アレーが演奏していたり、という例はありますが、のちにスペクトラムに発展するMMPとキャンディーズの強固な関係はやはり特別なものがあったと言えるでしょう。そして、そこにすでに歌詞とメロディーと歌だけでない、演奏も含めたサウンド志向が明確に表れています。キャンディーズのメンバーも「キャンディーズ・サウンド」という言葉を使って、自分たちの音楽を表現していました。

 キャンディーズの音楽活動としてはレコーディング、ライヴ、テレビといった場があった中で、テレビにおいては歌謡曲をうたう可愛いアイドルという役目を演じることを強いられていたように思います。僕が当時接していたのも、もっぱらアイドルとしてのキャンディーズです。可愛くて、歌がうまくて、コントもこなすスーパーアイドル。当時も今も多くの人にとってキャンディーズとはそういう存在なのでしょう。テレビ&ラジオ向けのシングル曲では彼女たち自身がアイドルらしい可愛い声や歌唱法を意識的に用いているようにも感じられます。

 しかし、それはキャンディーズの音楽的魅力の一部でしかありません。当サイトで繰り返し強調していることでもありますが、彼女たちの音楽をアルバム単位で聴くことで、シングル曲だけでは解らない、より多彩なキャンディーズ・サウンドの魅力に迫ることができます。テレビ番組では、歌詞とメロディーと歌唱の3要素で成り立つ「歌謡曲」という枠組みの中に閉じ込められていたキャンディーズが、僕の知らないところで、伝統的な歌謡曲の枠を軽々と飛び越えて音楽活動を展開していたのです。僕は彼女たちが残した数多くのレコーディング作品を聴くことで、解散後にその素晴らしさを追体験したのですが、生のライヴだけはもはや体験しようがありません。テレビの中の可愛いアイドルとしてのキャンディーズとは全然違ったというライヴ・ステージのキャンディーズ。その魅力は当時熱心に彼女たちのコンサートに足を運んでいたファンの方々によって今でも語り継がれています。僕はあの日、ラジオから流れてきた「春一番」を通じてロックなキャンディーズの一端に触れてしまったということなのでしょう。
 海外では往年のバンドの発掘音源が次々とCD化されている現在、キャンディーズのライヴ音源が少しでも多く正規の形で聴けるようにならないものかと考える今日この頃です。あの『レコード・コレクターズ』誌(2011年7月号)でも特集されたことだし…。


 (2011.8.3追記)
 元MMPのメンバーでパーカッション奏者の菅原裕紀氏がMMPの参加したアルバム(『早春賦』か)のレコーディングについて、次のようなエピソードを語っています。
 ある曲で、パーカッションのフレーズが要らないのではないか、という話になった時、「ミキさんが、そのフレーズは絶対に必要ですと言ってくれたんです。自分の仕事をちゃんと聞いてくれる人がいるんだ、と心強く思ったのを覚えています」(『週刊文春』2011.8.11・18号)
 
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