Acoustic Touring


 風の音楽~キャンディーズの世界♪


 キャンディーズの思い出





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 僕がキャンディーズを知ったのはドリフターズの『8時だョ!全員集合』でのことでした。キャンディーズがこの番組のレギュラーとなったのはレコードデビュー前の1973年4月ですから、僕が小学3年生になった時です。前任のゴールデンハーフの時代の記憶もあるので、キャンディーズが出演した最初からずっと見ていたはずです。何しろ、当時の『全員集合』といえば、視聴率50パーセント前後という今では考えられないようなオバケ番組で、月曜日の小学校では週末のドリフのコントの話題で盛り上がるというのがお決まりのパターンでした。少なくとも僕は当時の子どもで『全員集合』を見ていなかったという人に会ったためしがありません。そういう番組でしたから、キャンディーズの存在も瞬く間にお茶の間に浸透していったのではないかと思います。ちなみに、この番組の最高視聴率50.5%(関東地区)を記録したのは1973年4月7日、キャンディーズ初登場の回でした。

 その年の9月1日、キャンディーズは「あなたに夢中」でレコードデビューします。すでに身近に感じていたキャンディーズがレコードを出した、ということが自分のことみたいに誇らしく晴れがましい気分だったのを覚えています。よく知っているお姉さんたちが「歌手」になった、という感じでしょうか。といっても、レコードを買ったわけではありません。まだ、子どもだったというのもありますが、その頃のアイドルはテレビをつければ歌っている、という状況だったので、わざわざレコードを買う必要はなかったというのもあります。でも、『あなたに夢中』の歌詞は自分でも歌えるぐらい覚えていました。なので、この曲が、というか最初の4枚のシングルがまったくヒットしなかったという事実を後で知った時はちょっと意外な感じがしました。僕の中では「あなたに夢中」「そよ風のくちづけ」「危い土曜日」「なみだの季節」も大ヒット曲でしたから。
 それでも、5枚目のシングル「年下の男の子」が出ると、世の中の反応が今までとは違うな、というのは子ども心にも感じられました。

 キャンディーズがデビューする前、僕は天地真理やアグネス・チャンや南沙織のファンだったのですが、当時はほんの子どもだったし、好きといっても彼女たちが歌っている曲が好きだった、という方が正確かもしれません(その前は女性歌手では伊東ゆかり、いしだあゆみ、森山加代子、奥村チヨなどの歌が耳に馴染んでいました)
。その意味で僕が最初にファンになったアイドルはキャンディーズだったと言っていいと思います。歌がうまくて、かわいくて、しかも面白いお姉さんたち、というイメージでしょうか。そして、キャンディーズの解散と同時に僕もアイドルから卒業してしまったので、僕にとってアイドルといえば、キャンディーズが唯一で永遠の存在です。

 小学6年生の時にピンクレディーがデビューし、世間でも学校でもキャンディーズをはるかに上回る人気を得ていました。クラスの女子たちは休み時間になると、いつもピンクレディーの曲をフリ付きで歌っていたものです(いまでも彼女たちとカラオケに行くと、みんなフリ付きで歌っています。ラジオ体操並みに身体に染みついているようです)。卒業時の謝恩会でも僕らのクラスの出し物はピンクレディーの『S.O.S』でした。僕はピンクにはあまり興味がなかったので、仕方なくバックでパーカッションをポコポコ叩いていました(ってことは、演奏も自分たちでやったらしいのですが、どんな感じだったのか記憶にありません)。

 キャンディーズが解散宣言をした時、僕は中1でした。驚いたのは確かでしたし、残念にも思ったはずですが、僕にはどうにもできないことだし、受け入れるしかない、という心境だったと思います。その意味では僕の生活に特に変化はありませんでした。相変わらず、レコードを買うということもなく、もちろん、コンサートに行くなんて考えたこともなく、ただテレビやラジオを通じてのみキャンディーズと接していたのです。

 そして、1978年4月4日、火曜日。キャンディーズ解散の日。さすがにこの日は寂しい気持ちがありました。後楽園に行きたい気持ちもありましたが、当時はまだコンサートにはどうやったら行けるのか、なんてまったく知りませんでした(その1週間ほど前には中学の友人と夜行列車に乗って東北旅行に出かけた一方で、コンサートなんて子どもだけで行くところではない、という風に思い込んでいたのです)。そんな調子だったので、仮に後楽園に行こうと思ったとしても、激しい競争を勝ち抜いてチケットを入手することなど不可能だったでしょう。
 で、その日の昼間、僕は家族と井の頭公園に花見に行っていました(1978年の東京の桜の開花は3月31日、満開は4月9日だったので、当日は五分咲き程度だったでしょうか)。中学生ともなると、家族とともに行動するなんてことは少なくなるものですが、この日は春休みでヒマだったのと、もともと井の頭公園は好きだったので、一緒に出かけようという気になったのだと思います。ただし、母と妹弟が電車で行ったのに対して、僕だけ自転車で行ったせいか、この日の井の頭公園については桜の花より春風の印象が強く残っています。キャンディーズの思い出と春風のイメージが結びついている理由の一つだと思います。
 というわけで、僕の中では春風が心地よい一日だったと記憶していたのですが、解散コンサートに行かれた方々の証言によれば、当日はかなり風が強くて、寒かったようです(昼と夜の違いかもしれません)。夕方から始まった屋外でのコンサートはキャンディーズにとってもかなり厳しい条件だったといいます。確かに、このコンサートを収録した映像には風に吹かれた3人の姿が映っていて、そんな春風のいたずらによって3人が神々しいほどに美しく見えます。

 その夜、ニッポン放送の『オールナイトニッポン』でキャンディーズの解散コンサートの実況録音が深夜1時~5時まで4時間にわたって放送されました(ただし、曲順は大幅に変更され、実際と異なり、前半がシングル曲中心でした。午前2時頃、キャンディーズの3人が電話で生出演)。次々と歌われるヒット曲を聴いていて、どの曲もどの曲も素晴らしいと改めて思いました。もう明日からはテレビでもラジオでもキャンディーズの姿を見ることも、声を聞くこともできないのだ、という事実が身にしみました。

 4月5日。僕は初めてキャンディーズのレコードを買いました。ベスト盤『Candies Shop』というLPレコードです。レコードを買うことによって、それまで知らなかったキャンディーズの素晴らしさが少しずつ分かってきました。ちなみにキャンディーズのページの冒頭で取り上げた「気軽な旅」を初めて聴いたのもこのアルバムです。僕はキャンディーズ解散をきっかけに彼女たちの音楽にのめり込んでいったのでした。

 それ以来、春風が吹く頃になれば、「春はやっぱりキャンディーズだよね」とキャンディーズを聴き、初夏の頃になれば、部屋の窓を開け放ってアルバム「夏が来た!」(愛聴盤です)を聴き・・・あるいは、4月4日には「キャンディーズ解散から○年かぁ」と感慨にふけり、はたまた、1月13日にはランちゃんの誕生日だなぁ、と思い出し、1月15日にはミキちゃんももう○歳かぁ、と過ぎ去った年月を数え、4月8日にはお釈迦さまの誕生日だなぁ(スーちゃん、ゴメンナサイ)、と思うような生活をずっと続けてきました。でも、それは極めて個人的で密やかな楽しみに過ぎなかったのです。なので、インターネットでキャンディーズを検索するなんてこともなく、従って、世の中にこれほどたくさんのキャンディーズ関連サイトが存在することも知りませんでした。

 変化のきっかけは2006年に放送されたNHKの特番『わが愛しのキャンディーズ』です。7月にBSで放送された時はうっかり見逃してしまいましたが、12月4日の総合テレビでの放送はリアルタイムでも見たし、しっかり録画もできました。テレビの中で歌うキャンディーズの姿に、少年時代にタイムスリップしたかのような感動をおぼえ、夢中になりました。あとで知ったことですが、僕と同様にこの番組で昔の記憶が蘇って、再びキャンディーズにのめり込んでいった人はたくさんいたようです。
 そんなこんなで僕もそれまで以上にキャンディーズの世界に改めてはまり込み、ついにはこんなページを作るまでになってしまったわけです。

  つづく

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